中国ニューリテール体験記①:オンラインの作法を実店舗に持ち込んだアリババのスマートスーパー「盒馬鮮生」

O2Oすなわち「オフラインからオンラインへ」というスローガンが叫ばれて久しい今日このごろ、多くの小売は通販機能を自社サイトあるいはモールに設けて顧客の誘導を図っている。

一方、中国ではO2Oはもとより「オフラインの体験とオンラインの体験を融合させる」というOMO (Offline Merges Online) が最先端の取り組みとして注目されている。

盒馬鮮生(フーマー)は2016年にアリババの出資を受けて立ち上がった新しいスーパーであり、デジタルによって顧客の体験と小売ビジネスを高めてきた代表例である。

盒馬鮮生の事例を通じてオフラインとオンラインの融合の姿を見ていきたい。

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盒馬鮮生の入口。「会員店」とあるとおり会員制だ。

目の前の商品をオンラインショッピングで買う

盒馬鮮生はコストコのように会員制のスーパーであり、会員以外は会計をすることができない。

しかし会員になるために、会費を払ったり会員カードを申し込んだりするわけではない。自分のスマホに盒馬鮮生のアプリをインストールし、支付宝(アリペイ)のアカウントと紐付けすることが会員になる要件だ。

つまり、この店を利用する人は全員手にスマートフォンを持ち、キャッシュレス決済が使えるようになっている。

店舗の値札や商品にはすべてバーコードがついている。日本を含めてよく見る光景だ。ところが盒馬鮮生の場合、このバーコードをスキャンするのは来店した客だ。ほしいもののバーコードをアプリでスキャン。するとアプリ内に商品の説明やレビューなどが表示される。

しかし、客は陳列された商品を買い物カゴに入れることなく店を後にする。そう、商品はアプリ内にある「買い物カゴ」に入ったのだ。

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店頭に並ぶ商品のバーコードを盒馬アプリでスキャン。そのままアプリの操作で自宅への配送を指示できる。

店を出てからアプリを再び起動し、カゴに入ったものを確認した上で「何時に届けてほしい」と指定する。最短で30分ほどするとアプリ内の「買い物カゴ」に入った商品が自宅に届くのだ。もちろん代金の支払いは連携された支付宝(アリペイ)で行われている。

オンラインで選びにくいモノを売るスーパー

日本の Amazon.co.jp の食品部門で、売り上げの上位を占めるのは水やお茶などのケース入り飲料である。この状況は中国の淘宝網(タオバオ)や京東(JD.com)などでも変わらず、商品の選択が簡単であるが重くて運びにくいものがインターネット通販サイトでよく注文されている。

逆にいえば、これらに当てはまらない生鮮食料品はなかなかインターネットでの販売に結びつかなかった。

野菜は画像だけでは分量がわかりにくいということもあるし、正確な名前がわからない商品を売り場の陳列により購入するといったこともスマホの小さな画面で再現することはとても難しい。店の陳列をVRなどで再現することも将来的には可能かもしれないが、現時点で一般的に利用可能という状況ではない。

一方、オンラインショッピングでは自分の購入履歴を辿れるので、いちど購入した商品を再度注文することはスマホでも難しくない。

つまり、生鮮食料品をオンラインで販売するためには「商品との出会い」をいかに実現するかが課題だった。

ネットスーパーでは店頭の商品をスタッフが陳列棚からピックアップして出荷する方式が一般的であるが、盒馬鮮生ではさらに踏み込んでオフラインの実店舗とオンラインで品揃えと値段を同じにすることで、店舗でオンラインショッピングの商品選択ができるようにした。

一度オンラインの世界にオフラインで選んだ商品を入れてしまえば、あとは店舗に来なくても履歴から再購入させることもできるし、関連する商品をアプリ内でおすすめしてアップセルを図ることもできる。

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店頭で買ったもの、ネットで注文したもの、どちらであってもアプリ内にある「よく買うもの」一覧で確認ができる

 

デジタルの力で実店舗の体験をより豊かにする

従来のスーパーは購入した商品を持ち帰りやすいよう、通常は広い駐車場を確保できる場所に出店している。ところが盒馬鮮生の場合は持ち帰る必要がないため、地下鉄の駅に隣接している店舗もあり、車を持たずとも来訪しやすい。

また筆者には1歳の子がいるが、子供を連れて買い物をする際にも、商品を実際に持ち歩く必要がないため非常に楽に店を周ることができる。商品を持ち歩かないことを前提にすることで、スーパーのあり方を大きく変えることができた。>一方、オンライン化を徹底している盒馬鮮生において、実店舗を訪れた客のみに販売している商品もある。それは海鮮のライブクッキングだ。

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盒馬鮮生店内には巨大な水槽がいくつも並んでいる

生け簀に泳ぐ蟹や魚を捕獲して調理カウンターに持ち込み、好みの味付けを伝えるとその場で調理してくれる。調理カウンターで支払いの際に、盒馬鮮生の会員アプリでオーダーが顧客と紐付いているため、調理の完了は電話やショートメッセージなどで通知される。

店舗に併設されたイートインコーナーは、できたての海鮮料理を楽しんでいる客でいっぱいだ。もちろん売り場で買った惣菜や飲み物といっしょに楽しむこともできる。

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蟹や魚などの海鮮は調理を依頼することで、その場で食べることができる。

 

高いレベルの「おもてなし」をビジネスに変えるデータ戦略

実際に盒馬鮮生を訪れると商品の鮮度に驚かされる。肉や野菜などの生鮮食料品は曜日ごとに異なる色のラッピングがされているが、前日の商品はまず見当らず、当日入荷分をうまく売り切っている。また商品の配送は最低金額の制限なく無料で行なっている。こうした高いレベルのサービスを支えているのはデータ戦略である。

冒頭で述べた通り、盒馬鮮生では会計に際して盒馬鮮生アプリのインストール、そして支付宝でのログインが求められる。こうしたサービスを通じて得られる情報は顧客への商品の推薦に使われるのみならず、出店場所の決定と商品の仕入計画に活用されている。

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店舗から3キロ圏内の顧客には原則30分以内に配送している

日本でも展開しているUBER EATSは1回のピックアップで1〜2件程度の配達をこなしている。一方、盒馬鮮生はネット通販を使う住宅が密集している地域に営業範囲を絞り込み、データから配送スタッフの配置を最適化することで、UBER EATSをはるかに上回る効率で配達している。

盒馬鮮生の配達員募集資料によれば1日の配達で40〜80件をうたっており、30分ごとに出動する場合、1回の配達で3〜5件もまわることができている。こうした営業の効率化により、店舗1平方メートルあたりの売り上げは一般的なスーパーの3倍ほどあるとしている。

誰もがスマホを使いこなす時代を先取りする

実のところ、盒馬鮮生のある場所はネット通販に慣れ親しんだ人が多い場所に限定されて展開されているものであり、ネット利用率の低いエリアでは展開していない。また中高年層などスマホの操作に慣れてない人は別のスーパーを利用している。

それでも盒馬鮮生がこの業態をとっているのは、スマホを使いこなす層は今後も増加が見込まれており、将来のスタンダードとなると信じているからだ。日本においても「全員が使えるようになるまで待つ」だけでなく、こういった「将来を見越した割り切り」も視点として重要なのではないだろうか。

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ほとんどの人がアプリで注文を済ませるため、レジを使うひとはまばらだ。

 

筆者プロフィール

澤田 翔(さわだ しょう)

澤田 翔(さわだ しょう)

1985年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部在学中からエンジニアとして複数のITスタートアップに立ち上げからEXITまで携わり、その経験を生かして2017年より独立。世界の決済サービスやニューリテール(小売業のIT支援)に明るい。

現在は中国・深圳市に住み、エンジニアの目線から現地のデジタルイノベーションの生態系を研究し、その成果を経営アドバイスから設計レビュー、プロトタイプ開発といったかたちで日本の事業会社やスタートアップ、コンサルティング会社などに還元している。インターネットの社会実装をテーマにした「インターネットプラス研究所」を2018年に設立。

Twitter:https://twitter.com/shao155

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